『やりたいことは、今すぐにやれ』

Monday, May 13, 2013

鄭成功という台湾、中国、日本のヒーロー


鄭成功(ていせいこう)という人を、知らない日本人は多いんじゃないだろうか。

じつをいうと、私も台湾で暮らすまで、よく知らなかった。
中国から台湾を征服しにきた人……というぐらいの認識。お恥ずかしながら。

でも、母親は日本人の中日ハーフ、長崎の平戸で生まれ、7歳まで育ち、とても日本に縁が深い人物なのである。
彼の率いた兵は、日本風の鎧をまとっていたという。

最近、台南についての記事を書くために、鄭成功について調べていて、「なるほど。そういうことだったのか」と、点と点と点が線になったような感覚。

鄭成功いついて、少し紹介しよう。
鄭成功は、1661年、台湾で漢民族初めての政権をつくった人だ。
父は、海商をしていた福建省出身の鄭芝龍、母は平戸藩士の娘、田川松。

いまでも平戸には、松さんが海岸で産気づき、もたれかかって出産した岩が残っていて、「鄭成功まつり」というものもあるとか。

さて、鄭成功は、清に滅ぼされようとしている明の復興のために戦っていたが、南京で大敗。
勢力を立て直すために台湾に渡って、当時、台南を占拠していたオランダ人を追い出した。
このあたりは、国民党と少し似ていて(ちょっとちがう部分もあるけれど)、重ね合わせる人もいるらしい。

鄭成功は、翌年、38歳で志なかばにして病死、息子に引き継がれた政権は、清朝によって滅ぼされるまで23年しか続かなかった。
しかし、鄭成功は、台湾で初めて独自の政権をたて、台湾開発の礎を築いた強き英雄として、台湾でも、中国でも描かれている。そして、日本でも……。

日本では江戸時代の1715年、『国姓爺合戦(こくせんやかっせん)』として、近松門左衛門が人形浄瑠璃にして上演、のち歌舞伎でも大ヒットした。日本でもヒーローだったのだ。
(国姓爺合戦は、歴史の教科書にあって、試験のために暗記した記憶があるが、そんな方がモデルだったとは……)

台南には、いまも鄭成功と、その一族を祀る延平郡王祠がある。当時、台南の民衆が、鄭成功への敬意をこめて造った祠だ。
一族が台湾にくる前、福建で自害した田川松さんもここに祀られている。

台南は、台湾の中心として200年以上栄えた古都。
興味深い歴史が眠っている街なのだ。

写真は、台南の孔子廟。